a. イエスがベタニヤに来られると聞いて、マルタは何をして、どのような確信を表明しましたか(ヨハネによる福音書 11:20–22)。「会葬者たちの中には、この家族の親戚の人たちがいて、そのある者はエルサレムで高い責任の地位を占めている人たちだった。その中にはキリストの最も激しい反対者たちが何人かいた。キリストは彼らの意図を知っておられたので、すぐには姿をお見せにならなかった。知らせはそっとマルタに伝えられたので、部屋の中のほかの人たちにはきこえなかった。…マルタは、イエスを出迎えるために急いだが、彼女の心は矛盾する感情に波立っていた。マルタは、イエスのお顔の表情に、いつもと変らないやさしさと愛情を読みとった。イエスに対する彼女の信頼は裏切られなかった。しかし彼女は、イエスも愛しておられた自分の愛する兄弟のことを思った。イエスがもっと早くきてくださらなかったために彼女の心にわき起こっている悲しみと、いまでも主は自分たちを慰めるためになにかをしてくださるだろうという望みとで、彼女は、『主よ、もしあなたがここにいてくださったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう』といった(ヨハネ11:21)。この姉妹たちは、泣き人たちの騒ぎの中にあって、この言葉を何度も何度も繰り返したのだった。人としてまた神としての同情をもって、イエスは悲しみと心配にやつれたマルタの顔をじっとごらんになった。マルタは過ぎ去ったことをくどくどくりかえしたいとは思わなかった。すべては、『主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう』との悲痛なことばに表現されていた。しかしイエスの愛のお顔をじっとみながら、彼女は、『しかし、あなたがどんなことをお願いになっても、神はかなえてくださることを、わたしは今でも存じています』とつけ加えた。」(各時代の希望中巻344, 345)